東京地方裁判所 昭和53年(ワ)5103号 判決 1983年6月27日
原告(反訴被告)(以下「原告」という。) 源興院
右代表者代表役員 小林亮誠
右訴訟代理人弁護士 播磨源二
同 小沼清敬
右播磨源二訴訟復代理人弁護士 大久保誠太郎
被告(反訴原告)(以下「被告」という。) 高山秀三郎
右訴訟代理人弁護士 井口英一
主文
一 原告が、別紙物件目録(一)記載の土地につき、所有権を有すること及び被告が、同土地につき、別紙地上権目録記載の地上権を有しないことを確認する。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 被告の反訴請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、本訴反訴を通じてこれを五分し、その四を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 本訴請求の趣旨
1 主文第一項と同旨。
2 被告は、原告に対し、金六四六万四〇〇〇円及びこれに対する昭和五二年一二月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 右2につき仮執行宣言
二 本訴請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
三 反訴請求の趣旨
1 (第一次的)
原告は、被告に対し、別紙物件目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)につき、昭和三三年一二月一日の売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
2 (第二次的)
原告は、被告に対し、本件土地につき、昭和二九年二月の停止条件付売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
3 (第三次的)
(一) 被告が、本件土地につき、別紙地上権目録記載の地上権(以下「本件地上権」という。)を有することを確認する。
(二) 原告は、被告に対し、本件土地につき、昭和三三年一二月一日の地上権設定契約を原因とする本件地上権の設定登記手続をせよ。
4 (第四次的)
(一) 右3(一)と同旨。
(二) 原告は、被告に対し、本件土地につき、昭和二九年二月の停止条件付地上権設定契約を原因とする本件地上権の設定登記手続をせよ。
5 訴訟費用は原告の負担とする。
四 反訴請求の趣旨に対する答弁
1 主文第三項と同旨。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
第二当事者の主張
(本訴)
一 原告の主張
1 東京都港区芝公園一丁目三一一番境内地六六一平方メートル(以下「三一一番の土地」という。)はもと国有であったが、訴外増上寺が昭和二七年一二月二四日国から無償譲与を受け、さらに、原告が、昭和三二年一一月二五日右増上寺から贈与を受けて、原告の所有となった。
2 原告は、昭和二九年三、四月ころ、かねてから原告が使用しており、増上寺が国から譲与を受ければ被告が贈与を受ける予定となっていた三一一番の土地のうち別紙物件目録(二)記載の土地(以下「本件西側の土地」という。)について、被告との間で期限を永久とする使用貸借契約を締結してこれを引き渡したが、同時に、三一一番の土地のうち、当時訴外佐々木太郎(以下「佐々木」という。)が使用していた本件土地が将来明け渡され、被告において使用することが可能となったときは、被告は、その使用すべき土地を本件土地に変更することができる旨約した。その後、被告は本件土地が明け渡され、使用可能になったとして右契約により使用する土地を本件土地に変更した。
3 被告は、原告に対し、被告が、原告との間で、昭和三三年一二月一日締結した売買契約により、又は、昭和二九年二月締結した停止条件付売買契約につき昭和三三年一二月一日右条件が成就したことにより、本件土地の所有権を取得した旨、仮にそうでないとしても、被告が、原告との間で、昭和三三年一二月一日締結した地上権設定契約により、又は、昭和二九年二月締結した停止条件付地上権設定契約につき昭和三三年一二月一日右条件が成就したことにより、本件土地につき本件地上権を取得した旨主張している。
4 しかし、仮に昭和二九年二月あるいは昭和三三年一二月一日に被告主張のような売買契約又は地上権設定契約が締結されたとしても、それらの契約は、いずれも宗教法人法二三条一号又は五号、宗教法人「源興院」規則(以下「原告規則」という。)二四条一号又は五号に規定する行為に当たるから、原告の責任役員の議決を経て、原告の総代の意見を聞き、浄土宗の代表役員の承認を受けた後、契約の少なくとも一月前に、原告の檀徒及び信徒その他の利害関係人に対し、契約の要旨を示して、その旨公告することを要するものであるが、右各契約については、いずれもこれらの手続はなされてないので、右各契約は宗教法人法二四条本文により無効である。
5 仮に被告が昭和二九年二月あるいは昭和三三年一二月一日の右売買契約又は地上権設定契約締結の当時、右4の法、規則所定の各手続がすべて適法になされたものと考えていたとしても、次の(一)ないし(三)の事実からして、被告は、右各契約について、右法、規則所定の各手続が必要なことを容易に知り得べき立場にあったものであるから、被告としては、右各契約にはどのような手続が必要であり、その手続が履践されているか否かを確認すべきであったのに、右確認を怠ったものであり、被告には右のように考えるにつき重大な過失があった。
(一) 右4の法、規則所定の各手続は原告の登記簿に明示されていた。
(二) 原告規則は、昭和二七年六月二日から同月一五日までの間、原告境内地内の建物に掲示され公告されていたが、被告は、その当時、原告が払下げをうける予定の土地を買い受けることを望んでおり、原告の土地に関心を有していたばかりでなく、原告境内地のうち北側部分に小屋を建て原告境内地に頻繁に出入りしていたから、右規則の内容を容易に知ることができた。
(三) 被告は、昭和二九年四月二七日ころ原告総代に選任された。
6(一) 原告は、訴外有限会社大門駐車場(以下「訴外会社」という。)に対し、昭和三八年七月一日、本件土地を含む三一一番の土地三九六・六九平方メートル(一二〇坪)を賃貸し、同日以降駐車場として使用させてきたが、被告は、原告が訴外会社から支払を受けるべき賃料のうち本件土地の面積に相当する分について、自己がこれを取得すべき権利を有する旨主張して、昭和四三年から昭和五一年までの間、原告から本件土地相当分として次のとおり合計金六四六万四〇〇〇円を受領した。
(1) 昭和四三年 金四八万円
(2) 同四四年 金五二万八〇〇〇円
(3) 同四五、四六年 各金五七万六〇〇〇円
(4) 同四七年 金七〇万四〇〇〇円
(5) 同四八年 金八〇万円
(6) 同四九年 金八八万円
(7) 同五〇、五一年 各金九六万円
(二) しかし、被告は、次のとおり、右(一)の金員を取得すべき権利を有しないから、右金員を法律上の原因なく不当に利得したものである。
(1) 原告と被告の間で本件土地について締結した契約は、右2のとおり、被告が永久に本件土地を無償で使用できるというものであるが、そのような権利を被告に与える契約は原告の所有権を全く空虚ならしめるものであるから、公序良俗に反するものであり、民法九〇条により無効である。
(2) また、右2の契約は、宗教法人法二三条一号又は五号、原告規則二四条一号又は五号に規定する行為に当たるから、右4、5のとおり無効であり、原告は右無効をもって被告に対抗し得るものである。
(3) 仮に、昭和二九年二月あるいは昭和三三年一二月一日に被告主張のような売買契約又は地上権設定契約が締結されたとしても、それらの契約は、右4、5のとおり、いずれも無効であり、原告は右無効をもって被告に対抗し得るものである。
7 よって、原告は、被告に対し、所有権に基づき、本件土地について、原告の所有権の存在確認及び被告の地上権の不存在確認を求めるとともに、不当利得返還請求権に基づき、金六四六万四〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五二年一二月二五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 原告の主張に対する被告の認否及び主張
1 原告の主張1の事実は認める。
2 同2の事実は否認する。
3 同3の事実は認める。
4 同4の事実中、各契約が無効であることは否認し、その余は知らない。
5 同5の事実中、(三)は認めるが、その余は否認する。
6 同6の事実中、被告が昭和四三年から昭和五一年の間、訴外会社が支払う賃料のうち原告主張の額の金員を受領したことは認めるが、その余は否認する。本件土地は被告が訴外会社に賃貸したものであり、被告は、右金員を賃料として訴外会社から受領したものである。
7 本件土地については、次のとおり被告が所有権を有する。
(一)(1) 被告は、原告から、昭和二九年二月、本件西側の土地を代金二五九万円で買い受けた。原告、被告は、本来、本件土地について売買をする意向であったが、当時、本件土地は佐々木が使用しており、原告がその明渡しを求めて係争中であったので、まず、本件西側の土地について売買をしたものである。
(2) そして、原告と佐々木間の右係争は昭和三三年に終了し、同年一一月三〇日、原告が佐々木から本件土地の明渡しをうけたので、原告と、被告は、同年一二月一日、右(1)の売買契約を合意解除し、改めて、右契約と同一代金で被告が原告から本件土地を買い受ける旨の契約を締結した。
(二) 仮に右(一)(2)の売買契約が認められないとしても、
(1) 原告と被告は、昭和二九年二月、原告が佐々木から本件土地の明渡しをうけることを停止条件として、被告が原告から本件土地を代金二五九万円で買い受ける旨の契約を締結した。
(2) 原告は佐々木から昭和三三年一一月三〇日、本件土地の明渡しをうけたので、右停止条件が成就した。
8 仮に本件土地について被告の所有権が認められないとしても、被告は次のとおり、本件土地について地上権を有する。
(一)(1) 原告は、昭和二九年二月、被告に対し、本件西側の土地について、本件地上権を設定する旨の契約を締結した。原告と被告は、本来、本件土地について地上権を設定する意向であったが、当時本件土地については原告と佐々木間で、右2(一)(1)のとおり係争中であったので、まず、本件西側の土地について地上権を設定したものである。
(2) 原告と佐々木間の本件土地についての係争は昭和三三年に終了し、同年一一月三〇日、原告が佐々木から本件土地の明渡しをうけたので、原告と被告は、同年一二月一日右(1)の地上権設定契約を合意解除し、改めて本件土地について同一内容の地上権を設定する旨の契約を締結した。
(二) 仮に右(一)(2)の地上権設定契約が認められないとしても、
(1) 原告と被告は、昭和二九年二月、本件土地について、原告が佐々木からその明渡しをうけることを停止条件として、被告に対し、本件地上権を設定する旨の契約を締結した。
(2) 原告は佐々木から昭和三三年一一月三〇日、本件土地の明渡しをうけたので、右停止条件が成就した。
9 仮に右7、8の各契約について、宗教法人法二三条、原告規則二四条所定の各手続がなされていなかったとしても、被告は、右各契約の際、原告においてなすべき手続はすべて適法になされているものと考えて右各契約を締結したものであり、宗教法人法二四条但書にいう善意の相手方に該当するから、原告は、被告に対し、右各契約の無効をもって対抗することができない。
(反訴)
一 被告の主張
1 本訴に関する一1に同じ。
2 同二7ないし9に同じ。
3 原告は、本件土地について被告が本件地上権を有することを争っている。
4 よって、被告は、原告に対し、本件土地につき、第一次的には昭和三三年一二月一日の売買を、第二次的には昭和二九年二月の停止条件付売買を原因とする所有権移転登記手続を、第三次的には被告が本件地上権を有することの確認及び昭和三三年一二月一日の地上権設定契約を原因とする地上権の設定登記手続を、第四次的には被告が同地上権を有することの確認及び昭和二九年二月の停止条件付地上権設定契約を原因とする地上権設定登記手続を求める。
二 被告の主張に対する原告の認否及び主張
1 被告の主張1の事実は認める。
2 同2の事実は否認する。
3 同3の事実は認める。
4 本訴に関する一2、4、5に同じ。
第三証拠《省略》
理由
第一本訴請求について
一 三一一番の土地はもと国有であったが、訴外増上寺が昭和二七年一二月二四日国から無償譲与を受け、さらに、原告が、昭和三二年一一月二五日右増上寺から贈与を受けて原告の所有となったこと、被告が、原告に対し、本件土地について、原告の主張3のとおり、所有権又は本件地上権を有する旨主張していることは当事者間に争いがない。
二 《証拠省略》によれば以下の事実が認められる。
1 原告(当時は宗教法人令上の宗教法人)は、戦災で建物等が焼失し、その復興資金を必要としていたので、訴外中村憲太郎の仲介で、昭和二七年二月ころ、被告に対し、当時原告の境内の一部となっており、原告が国から払下げを受ける予定となっていた東京都港区芝公園第八号地のうち北側の部分二五〇坪(以下「本件北側の土地」という。)を代金五〇〇万円で売り渡す旨の契約を締結し、被告から同年六月一三日までに右代金中一六〇万円の支払を受け、右金員を原告の寺院建築の費用等に充てた。原告は、昭和二七年九月二六日宗教法人法上の宗教法人として設立された。
2 ところが、本件北側の土地は当時実際に宗教活動に使用していなかったので、そのうち大部分を占める東京都港区芝公園八号地一〇番二宅地一八八・二〇坪は昭和二九年一月一四日、原告にでなく財団法人総評会館に払下げられてしまい、そのため、原告は、被告に対し、本件北側の土地の売買契約を履行することができなくなり、被告から支払ずみの代金一六〇万円の返還を求められた。しかし、原告は右金員を費消してしまっており、これを返還することは困難であったので、同年二、三月ごろ、原告代表役員別所亮譲と被告との間で、右金員を返還することの代りに、当時、訴外増上寺が国から譲与許可後一〇年間は宗教活動を行うために使用するという条件で無償譲与を受け、これを子院である原告に贈与する予定となっていた三一一番の土地のうちの一部を被告に使用させることに合意が成立した。そして、三一一番の土地のうち西側の部分は原告の寺院建物の敷地等として原告において使用する必要があったので、右被告に使用させるべき土地の部分としては、三一一番の土地のうち東側の本件土地が考えられたが、当時、本件土地は佐々木が占有して使用しており、明渡しを求める原告との間で係争中であったところから、当面、本件西側の土地を被告に使用させることとし、将来、原告が佐々木から本件土地の明渡しを受けたときは、被告に本件土地を使用させることとすることが約された。
3 そして、原告と被告との間で本件西側の土地についてなされた右契約においては、(一)原告は被告に対し本件西側の土地の「永代使用権」を与える旨の表現が契約書上用いられ、(二)被告は、原告に対し、「冥加料」として、右土地七〇坪につき坪当たり金三万七〇〇〇円合計二五九万円を支払うが、昭和二七年当時支払ずみの金一六〇万円は右から控除する、(三)同土地の公租公課は原告の負担とし、(四)地代は無料とするほか、(五)同上に被告は建物を建築することができ、右建物その他の造作物は被告の所有とするが、所有名義は原告とする、ただし、右建物の公租公課は被告の負担とする旨が約された(以下、この契約を「昭和二九年の契約」という。)。
被告は、昭和三一年九月一〇日、原告に対し、右(二)の残金九九万円を支払った。
4 原告は、昭和三二年一一月二五日増上寺から三一一番の土地の贈与を受け、昭和三三年一〇月には佐々木から本件土地の明渡しを受けたので、そのころ、原告代表役員別所亮譲と被告は、本件西側の土地についてなされた昭和二九年の契約を合意解除して本件西側の土地と同一の内容で本件土地を被告に使用させる旨の契約(以下「昭和三三年の契約」という。)を締結し、被告は本件土地の引渡しを受けた。
5 本件土地の引渡しを受けた後、被告は、本件土地の北側に隣接する被告所有の東京都港区芝公園一丁目三一二番の土地(以下「三一二番の土地」という。)上に被告の居宅を建築し、本件土地のうち北側の部分は右居宅の庭として使用し、本件土地のうち南側の部分に倉庫を建設したが、その後右倉庫は取り壊し、昭和三八年七月、当時の原告代表役員別所亮譲と被告が共に取締役となって訴外会社を設立し、同月一日、本件西側の土地のうち五〇坪及び本件土地(本件土地の面積二三七平方メートルは七二坪弱となるが、原告、被告間でも、訴外会社との間でも七〇坪として計算されていた。)の計一二〇坪については原告が賃貸人となり、三一二番の土地のうち南側三〇坪については被告が賃貸人となって、訴外会社に対し、駐車場経営のためにこれを賃貸した。右賃貸に際し、右別所と被告との間で、右一五〇坪分の賃料は、原告が五〇坪分に相当する三分の一、被告が一〇〇坪分に相当する三分の二の額をそれぞれ取得することが合意され、その後、訴外会社からは、一五〇坪分の賃料のうち三分の一の額が原告に、三分の二の額が被告に支払われている。
6 本件西側の土地についても、本件土地についても、これまで、公租公課は原告が支払っており、被告は原告に対し地代を支払ったことはない。
三 被告は、昭和三三年の契約により原告から本件土地を買い受けた旨主張し、被告本人の供述中にも同旨の部分がある。
そして、前記二のとおり、(一)昭和三三年の契約と同一内容の昭和二九年の契約は本件北側の土地の売買代金のうち既払分の返還の代償措置としてなされたものであり、(二)昭和二九年の契約においては被告から原告に対し、「冥加料」名義で金二五九万円という相当高額の金員が支払われている上、(三)右二の5の賃貸借契約により訴外会社が支払う賃料のうち本件土地に相当する分は原告との合意に基づき被告が受領してきたことがうかがわれる。しかし、(四)本件北側の土地は、原告の寺院としての宗教活動に使用されていなかった土地であったのに対し、本件西側の土地は原告の寺院建物の敷地等として原告において使用する必要のある土地であったこと、(五)昭和二九年の契約と昭和三三年の契約とは対象となる土地を異にするのみでその内容は同一であるが、本件西側の土地についてなされた昭和二九年の契約は、佐々木から本件土地の明渡しが得られるまでの暫定的な措置としてなされたものであること、(六)三一一番の土地を増上寺が国から無償譲与受ける際、一〇年間は宗教活動のために使用するということが譲与の条件となっており、《証拠省略》によれば、右条件に違反すれば譲与許可は取り消されることとなっており、そのことは登記簿上も記載されていたこと、(七)昭和三三年の契約と内容を同じくする昭和二九年の契約においては、本件西側の土地につき被告に「永代使用権」を与える旨の表現が契約書上用いられているほか、右二の3の(三)及び(五)のような約定がなされ、被告から原告に支払われる二五九万円の金員は「冥加料」という名義であり、《証拠省略》によれば、その残金として支払われた九九万円の金員の領収証には「土地使用権代金」と記載されていること、(八)右二の5の訴外会社との間の賃貸借契約のうち、原告が賃貸人となった一二〇坪分の賃貸借契約書においては右一二〇坪の土地を原告所有に係る土地として表現していることからすると、本件土地についてなされた昭和三三年の契約が売買契約であるとは到底認め得ないというべきである。昭和三三年の契約が売買契約であるとする被告本人の前記供述部分は採用できず、他に、右契約が売買契約であることを認めるに足りる証拠はない。この点に関する被告の主張は理由がない。
四 次に、被告は、昭和二九年の契約において原告が佐々木から本件土地の明渡しを受けることを停止条件とする売買契約がなされ、昭和三三年に右条件が成就した旨主張するが、右三と同一の理由から昭和二九年の契約も本件土地についての条件付売買契約であるとは認めることはできないから、被告の右主張は理由がない。
五 また、被告は、昭和三三年の契約は地上権設定契約であり、これにより被告は本件土地について本件地上権を取得した旨主張するのに対し、原告は、昭和三三年の契約は期限を永久とする使用貸借契約である旨主張するので、この点について判断する。
確かに、前記二のとおり、(一)昭和二九年の契約においても、昭和三三年の契約においても、地代は無料とすると定められ、被告は原告に対して何ら地代を支払っていないことがうかがわれる。しかし、右三の(一)ないし(三)の事実に加え、(二)《証拠省略》によれば、被告が、昭和三一年九月一〇日、「冥加料」の残金として金九九万円を支払った際の原告の領収書には、本件土地に関し「今後如何様に御使用致されます共決して異存ありません」との記載があること、(三)被告は、本件土地上に建物を建築し得ることとなっていることを考慮すれば、昭和三三年の契約は本件土地についての単なる使用貸借契約ではなく、地上権設定契約であると解するのが相当である。
そして、昭和二九年の契約の契約書においては「永代使用権」という表現が用いられているものの、同契約自体、本件土地の明渡が実現するまでの間の暫定的なものであることに加え、本件においては、他に特段の事情が認められないことからすると、右の「永代」という表現も「永久」を意味するものではなく、期間を定めない趣旨のものであると解すべきであるから、昭和三三年の契約の設定する地上権の内容は、建物所有を目的とし、期間の定めなく、地代を支払うことを要しないとするものであるというべきである。
六1 このように昭和三三年の契約は、本件土地について、被告のため地上権を設定する契約であるから、宗教法人法二三条一号及び原告規則二四条一号に規定する不動産の処分に当たることは明らかである。したがって原告が右契約を締結するには、同法二三条本文及び原告規則二四条本文により、原告の責任役員の議決を経て、総代の意見を聴き、浄土宗の代表役員の承認を受けた後、右契約の少なくとも一月前に檀徒及び信徒その他の利害関係人に対して右契約の要旨を示してその旨を公告しなければならないものであるが、《証拠省略》によれば、右契約を締結するについて、原告においては、少なくとも、檀徒及び信徒その他の利害関係人に対する公告がなされていないことが認められる。そして、本件土地は原告の境内地であるから、昭和三三年の地上権設定契約は宗教法人法二四条本文の規定により無効というべきである。
2 しかし、《証拠省略》によれば、被告は昭和三三年の契約の当時、原告においてなすべき所定の手続はすべて履践されているものと考えていたことが認められる。
3 原告は、被告が右善意であることにつき重過失があった旨主張するから、この点について判断する。
《証拠省略》によれば、被告は昭和三三年の契約の当時、本件土地が原告の境内地であることを知悉していたことが認められる。そして、被告が昭和二九年四月二七日ころ原告総代に選任されたことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、被告は昭和三〇年一月五日ころ及び昭和三五年二月一八日ころにも右総代に再任されていることがうかがわれるから、被告は、昭和三三年の契約当時も右総代であったものと認められるが、《証拠省略》によれば、原告規則において、総代は檀徒又は信徒のうちから衆望のある者が代表役員により選任されて就任し、代表役員を扶けるものとされ、代表役員は、原告の不動産等の処分等の行為、特別財産及び基本財産の設定、変更等原告規則で定めるもののほか、原告の業務、事業又は運営につき、総代の意見を聴かなければならず、規則の変更、原告の解散についても総代の同意を得なければならないこととされており、総代は、宗教法人である原告の機関として一定の職務権限が与えられていることが認められる。
右事実によれば、被告は昭和三三年の契約締結当時、原告の総代としてその財産管理を含め、原告の運営上一定の職務権限と責任を有する立場にあったものであるから、境内地である本件土地の処分についても、法規及び原告規則においてどのような規制がなされており、どのような手続が必要とされているかを知悉しているべきであるのみならず、そのような規制及び手続の内容及びその手続が履践されているか否かということを極めて容易に知り得る立場にあったものというべきであるが、《証拠省略》によれば、被告は何ら右規制及び手続の定めの有無、内容、手続の履践の有無について確認することをしなかったことが認められる。したがって、被告が、昭和三三年の契約締結当時、原告において宗教法人法及び原告規則所定の手続を履践していないことを知らなかったことには重大な過失があったというべきであり、被告は宗教法人法二四条但書にいう善意の相手方には当たらないから、原告は、その主張のとおり、被告に対し、昭和三三年の地上権設定契約の無効をもって対抗することができる。
七 被告は、さらに、本件地上権の取得原因として、昭和二九年の契約において、本件土地につき、原告が佐々木から本件土地の明渡しを受けることを停止条件とする地上権設定契約がなされ、昭和三三年に右条件が成就し、これにより被告が本件土地につき地上権を取得した旨主張する。
しかし、前記二の2のとおり、昭和二九年の契約において、将来、原告が佐々木から本件土地の明渡しを受けたときは、被告に本件土地を使用させることとすることが約されたことは認められるものの、《証拠省略》その他本件にあらわれた全証拠によっても、昭和二九年の契約において、将来本件土地の明渡しが得られれば当然本件土地について地上権が設定される趣旨の合意がなされたとは認められず、また、昭和二九年の契約においては、本件土地について地上権が設定されることとなった場合、本件西側の土地についての地上権がどのようになるか、本件西側の土地上に存する被告所有の建物等をどうすべきか等について何らの約定がなされていないことからすると、昭和二九年の契約において本件土地につき被告主張のような停止条件付地上権設定契約がなされたものとは到底認めることができない。被告の右主張は理由がない。
八 次に、不当利得返還請求について判断する。
被告が昭和四三年から昭和五一年の間、訴外会社が支払う賃料のうち原告主張の額の金員を受領したことは、当事者間に争いがない。
しかし、被告が右金員を受領しているのは、前記二の5認定のとおり、原告代表役員別所亮譲と被告との間の合意に基づくものであり、右合意により訴外会社の支払う一五〇坪分の土地賃料のうち、五〇坪分に相当する三分の一の額を原告が、一〇〇坪分に相当する三分の二の額を被告が取得することとなっているのは、訴外会社に賃貸している一五〇坪の土地のうち、三〇坪は被告所有の三一二番の土地の一部を被告が賃貸人となって賃貸しているものであり、賃貸人が原告名義となっている残り一二〇坪についても、うち七〇坪は被告に対し地上権を設定した本件土地であることによるものである。右合意のうち、本件土地の面積七〇坪に相当する部分の賃料を被告において取得することとした部分も、原告名義で訴外会社から取得し得る賃料の一部を原告が徴収せず、被告が徴収して取得することを認める趣旨のものにすぎないから、宗教法人法二三条一号及び五号に規定する各行為には当たらないというべきである(同条二号にも当たらない。)。
したがって、被告が右金員を受領したことは、法律上の原因に基づかない利得とはいえないから、原告の不当利得返還請求は理由がない。
九 以上のとおりであるから、原告の本訴請求のうち、本件土地の所有権を原告が有することの確認及び同土地について被告が本件地上権を有しないことの確認を求める請求は理由があるが、不当利得の返還を求める請求は理由がない。
第二反訴請求について
反訴請求についての当裁判所の判断は、第一の一ないし七のとおりであるから、被告の反訴請求はいずれも理由がない。
第三結論
よって、原告の本訴請求中、本件土地についての原告の所有権の存在確認請求及び被告の地上権の不存在確認請求はこれを認容し、不当利得返還請求はこれを棄却し、被告の反訴請求はいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 菊池信男 裁判官 遠山和光 林道晴)
<以下省略>